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3.人権外交の道義性
カーター以降の人権外交に中国は一貫して否定的です。そもそも人権保護を外交の前提条件とする米国の姿勢は正しいといえるのでしょうか?検証してゆきたいと思います。
まず、人権保護を謳う米国内にも人権侵害が存在することは大きな問題といえます。黒人に対する人種差別はその最たる例であり、92年ロス暴動に発展したロドニーキング氏問題(というのは、速度超過で捕まったキング氏を黒人だという理由で後遺症が残るまで警官が殴打、白人裁判官と陪審員によって警官に無罪の判決が下った事件、94年までに警官に有罪判決、損害賠償が決定した)にわかるように現在も基本的人権が侵害されている場面があります。
また、米国にとっての重要度によって人権外交の厳しさが変化してきた点も重要です。冷戦期、中国は対ソ連のパートナーであり、天安門以降もアメリカとの間でMFNを更新できましたが、同じ時期にソ連を見ると、MFNの締結にはより厳しい人権条件が課されました。
最近だと、対人地雷全面禁止条約に反対したことや京都議定書のボイコットなど、いずれも生存権という基本的人権にかかわる問題です。
次に米国が人権外交としてあげるものに、チベット問題や政治体制の民主化などがあげられますが、これは中国側からは内政干渉であると批判されています。実際に内政干渉であるか否かは意見のわかれるところだと思いますが、米国と中国の考える人権には大きな隔たりがあるのが事実で、そもそも人権はアメリカという一つの主権国家によって規定できるものではなく、世界的な枠組みのなかでのみ解決できる問題だと思います。
ところが、2001年5月3日、国連人権委員会の改選投票により米国が議席を失うという事態が起きました。高圧的な人権外交に途上国が反発しただけでなく、京都議定書不支持表明といった一連の強引な姿勢に、先進国まで拒否反応を示した結果と言えるでしょう。この改選では米国より批判を受けているスーダン、ウガンダ、シエラレオネ、トーゴの4カ国が当選しています。(毎日新聞5月4日)
以上の事柄から米国の人権外交を評価すると、明白なダブルスタンダードが見られ、利己的で高圧的な態度により他国からの信頼を失っていることがわかります。人権外交の道義性は全く持って疑わしいものではありますが、中国の人権弾圧も明らかな事実であり、大きな問題であることに変わりはありません。(そもそも外交の根底には国益があるということを考えると、国益の追求という点ではその目的を達成しているのではないでしょうか?)
5.対米政策
中国の対米政策をみると、常に人権外交に対しては反発しているものの、その行動は人権外交によって規定されてきた部分が大きい。特に天安門以降の経済制裁は国内経済の多くを海外に依存している中国にとっては死活問題となった。以後、中国の対米政策は経済政策の緩和と、毎年のMFN更新、失墜した国際的地位の向上が主要な目的となったわけだが、近年においてはWTOの加盟や時期オリンピック等も目的の一つとなり、人権規約の承認や、政治犯の釈放など一応の妥協を引き出している。
人権外交に対する基本姿勢をみてみると、米国と中国との間にはそもそも人権という概念に大きな差異があることがわかる。米国が普遍的な自由と平等の基本的人権を求めているのに対し、中国は「国民の衣食住を満たす生存権を保障することが先決であり、そのために経済成長をその他の社会的権利などの基本的人権より優先させる」国情論を発表している。(毛利和子「中国の人権」『国際問題』1997年6月号、35頁)この基本的な部分の差が「和平演変」や「内政干渉」をもたらし、議論が平行線をたどる原因となっている。
また、前述した方励之の例は中国の行動がイデオロギーによって規定されていないことを表している。米国の行動を批判しながらも、方励之の放出を外交カードとして積極的に利用、以降も事あるごとに政治犯を放出する姿勢の根底は損得勘定であり、きわめて現実主義的である。
天安門を契機に米中関係は激変したように思われがちであるが、変わったのは米国の対中姿勢であり、中国では天安門以前も以降も政治弾圧をはじめとする人権侵害は激しく行われている。国際的地位、経済など国益とのバランスの中で人権外交を受け入れる場面もあったが、中国の基本姿勢は一貫している。(近年、両国は経済依存の関係にあり、人権外交が中国に及ぼす影響はさらに減っていくだろう。)
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